保佐人の同意なく被保佐人と不動産取引はできるの?

本稿では、保佐人の同意がなくても所有者である被保佐人との不動産取引ができるのか?を考えたいと思います。
そのために、まず被保佐人とはなにか?から説明し、本題について説明します。

民法で定める能力

まず、我が国の民法で「能力」がどのように定められているかを簡単にみていきます。民法には「人(自然人)」の「権利能力」「行為能力」「意思能力」について定めています。

権利能力
権利能力とは、権利の主体となる能力のことを言います。人は生まれた瞬間から権利を享受できるのだということです。
行為能力
行為能力とは、人は20才(2022年4月1日から18才に引き下げ)になり、成人になれば一律に行為能力があるものとされ、自分が行なった行為には法的に責任を負う能力があるとするものです。
意思能力
意思能力とは、人は自分で判断して選択することができ、その選択に対して法的に責任を負う能力がある事を言います。従前から判例や学説では認められてきた事柄ですが明文がなかったので、明らかにするために明文化され2020年4月1日から施行されました。

権利能力について異論がないと思います。行為能力と意思能力について、敢えて「法的に責任を負う能力がある」と強調しているのは本稿で正にその事が問われているテーマだからです。

意思能力は単に「判断力がある」と言えば良いのですが権利と責任は表裏一体で対をなしているため、全ての人に対して法的な責任を負わせる事が果たして適当か?と疑問が生じます。

例えば、人は事故とか病気、年齢等により充分な判断力を持てなくなる事があります。この人たちに同じように責任を負わせても良いか?ということです。

こういった人たちが思いもよらない被害に会わないように保護し、支援するために行為能力を制限する必要があります。その制度が「制限行為能力者」の制度です。意思能力がない人が行った行為は「無効」となります。しかし、それを知らずに意思能力がない人と取引をした人は重大な損害を被ることになります。

そこで、「制限行為能力者」の制度により、本人と共に取引の相手方も保護する必要があります。

行為能力の制限

未成年者、被後見人、被保佐人、被補助人が「行為能力が制限される者」にあたります。

未成年者については説明は不要だと考えます。成人か否かは生年月日を知れば容易に判断ができるからです。取引を行なう際に運転免許証や印鑑証明書、住民票等の記載事項を確認すればすぐにわかります。

ところが、相手の人に意思能力が果たしてあるのかどうかは一見わかりません。病状によっては、通常通り受け答えをしていても実はすぐに記憶がなくなる人や、その事柄を正常に判断できない人がいます。

そこで、判断能力の程度によって、被補助人(同意権のある、なしで段階があります。)、被保佐人(代理権のある、なしで異なる場合があります。)、被後見人(法定後見と任意後見があります。)に整理し、人の行為能力を制限し、その人本人および取引の相手方を保護する制度が必要だと考えられました。

未成年者以外の行為能力が制限されているか否かの確認は後述する「成年被後見人等登記事項証明書」又は「登記されていないことの証明書」により行なうことになります。

制限行為能力者の認定

未成年者以外の人の行為能力を制限するには家庭裁判所の審判を経る必要があります。認定される人にとっては恣意的に権利を制限されると困りますから厳正な手続きが必要だからです。

成年被後見人とは「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」を言います。
被保佐人とは「精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分な者」を言います。
被補助人とは「精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な者」を言います。

このように程度により段階的な基準が設けられていて、具体的には面談や医師の診断書等をもとにして一定の者からの申し立てにより家庭裁判所が審理を行ないます。

公示の方法

行為能力を制限されたことは登記されます。ただし、重大なプライバシーに関わることですから、誰でもがその登記事項について証明請求することができるわけではありません。

請求することができるのは本人、その配偶者及び四親等内の親族、後見人等一定の者に限られます。

成年後見等の登記事務は東京法務局のみが行いますが、登記事項の証明書または登記されていないことの証明書は各法務局・地方法務局で取得することができます。

被保佐人とは

成年被後見人のように意思能力を全く失っているとは言えないが、「その判断能力が不完全な者、すなわち利害を判断する能力がない程度に精神障害がある」人を言います。支援をする人を保佐人と言います。

保佐開始の審判は一定の人からの申立によってされ、受理されると審判により保佐人が選任されます。保佐人には同意権と取消権が与えられ、必要な場合に特定行為についての代理権が与えられます。

全ての行為について保佐人の同意が必要だということになると被保佐人にとって不便なので、日用品の購入その他の日常生活に関する行為については保佐人の同意は不要だとされています。保佐人の同意が必要な行為については民法第13条第1項に規定されています。

保佐人の同意を得なければならない行為であって、その同意またはこれに代わる家庭裁判所の許可を得ずに被保佐人がした行為は取り消すことができるものとされています。

ただし、被保佐人本人が行為能力があるように詐術を用いた場合には本人を保護する理由がないため取り消すことができないとされています。

無効と取消

保佐人の同意なしに行われた被保佐人の行為は取り消すことができるのは先述の通りですが、ここで無効と取消の違いについて整理します。

無効も取消も事の効果を初めからなかったこととして否定するものですが、無効は最初から全く効力が発生しなかったものとして原則として誰からでも主張できるものとされているのに対して、取消はいったん効力は発生するものの取り消しという意思表示があれば初めにさかのぼって無効になるものという違いがあります。

初めからなかったことになるため、原則的には両者とも元の状態に戻さなければならなくなります。

不動産を売ること又は買うこと

不動産の売買はまさに、民法第13条第1項第3号に規定する「不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為をすること」ですので、被保佐人は保佐人の同意がなければ有効に法律行為を行なうことができません

さらに、この件が家庭裁判所により特定の行為だとされていれば、保佐人は同意権ではなく代理権までもっている場合もあります。保佐人に代理権がある場合には、保佐人が被保佐人に代わって法律行為を行なうことになります。

実際には、保佐人は行為の前に家庭裁判所からその行為を行うことの相談をして承諾を得てから行なうのが通例です。

保佐人が有している権限は、先の登記事項証明書により確認することになります。不動産の売買により所有権移転登記を行なうことになりますが登記申請の際にも保佐人の権限確認のためにこの登記事項証明書が必要な添付書類となります。

相手方の保護

売買等の法律行為を行なう時に取引の相手が被保佐人であれば、必ず保佐人の同意を得てから取引を行なうのが原則ですが、何らかの理由で同意なしに取引を行なってしまった場合は、取引の相手はいつ取り消されるのか非常に不安定な状態に置かれることになりますので、早期に状態を安定させる必要があります。

そのため、相手方は保佐人に対して1ヵ月以上の期間を定めて、その行為を追認するか否かを回答するように求めることができます

この期間内に保佐人は回答をすることになりますが、回答しなかった場合には追認したものとみなされます(有効であることが確定する。)。

被保佐人本人に対しても同様に回答を求めることができますが、被保佐人に対する請求の場合は回答がなかった場合は取り消したものとみなされます。

問い合わせする相手方の能力の差により違いを設けています。

取消の効果

取消された場合は先述のとおり、元の状態に戻さなければなりません。売買契約を行った場合、売主は物を引き渡す、買主は代金を支払う義務をお互いに負います。

契約を行なっただけであれば、契約がなかったことになるだけで元にもどるのですが、お互いの義務が履行された場合はどうでしょう。

法律行為が無効になり、何もなかったことになるので、お互いが相手方の物(あるいは代金)を不当に所持していることになります。そこでお互いに不当利得の返還請求権が発生することになるのです。相手方から受け取ったお金を返し、一方は物を返すことになります。

しかし、民法第121条の2第3項に重大な例外を設けられています。

すなわち、制限行為能力者の場合は「現に利益を受けている限度において返還」する義務を負うことになっているので、逆に言えば利益が現存していなければその限度で返還の義務がないことになるため、代金を支払った全額が必ずしも返ってこない恐れがあるのです。

「利益が現存しない」とは受け取った側が浪費するなどして無駄に消費してしまった場合を言います。

相手方がまじめに生活し、借金を返済したり生活費に使った場合には現存利益があるとされ返還義務を負い、一方ギャンブルなどで遊んで無駄に使った場合には返す必要がないとは納得がいきませんが、そのような規定となっています。

取消と第三者との関係

制限行為能力者である売主(A)と取引をした買主(B)が後に第三者(C)に売却したときは、どのようになるでしょうか。AB間の売買を第一の売買、BC間の売買を第二の売買とします。

結論から言えば取消行為の後か先かで全く異なる結果になります。

取消前にBが第三者Cに売却したときは、第一の売買が取消により初めから契約自体がなかったことになるので、Cは無権利者から買ったことになりCも権利を失います

これはAからBに対して登記をし、Cの名義に登記がされていても結論は変わりません。我が国の登記には「公信力がない」ためです。Cにとっては何も知らないのに権利がなくなることになるのでとても迷惑なことです。

取消後にBが第三者Cに売却したときは、AとCは対抗関係にあると言えます。いくらAC間の第一の売買が取消により無効になったとしても、(Cが無権利者から買ったことは変わりませんが)先のように有無を言わせず責任のない第二の売買の買主Cの権利を失くすのは公平ではありません。

そこで、Cを保護するために、Aが取り消した後であればAはBから名義を取り戻すことが可能ですので、放置しているAを保護する必要がないから、Bが二重にAとBとに売ったと同じ状態であるとし、先に登記を経た方を優先することにしました。

これが登記に「対抗要件がある」という所以です。

ただし、第一の売買が取り消されたことには変わりないので、第一の売買の買主BはAに対して(Cに売却したために不動産をもはや返すことはできないので)金銭で代償することになります。

まとめ

以上、被保佐人とはなにか、その効果を説明してまいりました。

被保佐人との取引において、保佐人の権限の有無やその同意の有無は不動産の売買において重大な結果を招き、第三者にも不測の損害を与えることになりますので、取引を行なう場合には慎重に、確認を重ねて行う必要があるとともに、一方要件さえ整えれば不要な心配はないことをご理解いただけたのではないかと思います。

本稿が御覧いただいた方にとってお役に立てれば幸いです。

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