不動産の売買契約には、所有者の意思がとても重要です。
つまり、「正常な判断ができなくなってしまったと医師が認める認知症」になってしまった親が不動産を売ってしまった場合、あるいは買ってしまった場合、その契約は無効となります。
親の意思が不確かなまま、子供が代理人になって売買契約した場合も同様です。
そうなると困った事態が起ります。
例えば、親が病気になって認知症が疑われるような場合、遠くに住んでいる子供が親の面倒を看る、あるいは施設に入れるようなことはよくあります。
そんな時に、誰も住まなくなった実家を売却したいと思ったとしても、もはやその時、親名義の家を売ることができないのです。親の意思能力が不透明だからです。
では、そんな時はどうしたら良いのでしょう。
この記事では、そのような認知症になった親の不動産を売却する方法を解説します。
敷居が低くなった成年後見人制度
「成年後見人制度」という制度があります。
認知症や知的障害等、正常な判断を下せなくなった人の代わりに、その人が不利益を被らないように、また利益となる判断を代ってしてあげる人を法的に定めることのできる制度です。
平成28年5月に施行された「成年後見制度の利用の促進に関する法律」の影響で、後見人制度が大きく変わりました。
日本は今、超高齢者社会です。
さらに、核家族化が進み、結婚年齢も上昇し、一人暮らしの高齢者や、一人暮らしの高齢者がその親を介護するという老々介護の問題も大きな社会問題となってきています。
そんな社会問題を解決するために、国が本気で取り組み始めました。
行政が動くには、まずは総合的観点からの法改正が必要になってきます。
- 高齢者のための高齢者関係の法律
- 老人福祉法の法律
- 介護保険法・・・・・・・・・・・etc.
これらの福祉関係の法律を時代に即したものに改正したのです。
高齢者社会の核家族社会で、高齢者が安心してくれせるための重要な制度として、後見人制度です。
今まで後見人は、配偶者や子、その他4等親以内の親族、第三者は弁護士や司法書士・社会福祉士等の専門家でなければなりませんでした。
しかし、配偶者や4親等以内の親族が後見人になるのが難しいご時世になりました。
後見人には年齢制限もあるのです。また、士業や専門家は費用がかかります。
年金暮らしの高齢者が安心して後見人制度を利用するには、経済的な問題も大きな問題なのです。
そこで、市区町村の後見人制度の取り組みを自治体レベルで行えるよう、法改正を行って、自治体レベルで「後見人制度」の敷居を低くする活動を推進していきました。
そこでぶつかったのでが、法律の壁。それで、国が法改正に乗り出したというわけです。
その結果、認知症等の高齢者が、後見制度を利用しやすくなりました。
認知症の親を介護しているという方、今の日本社会ではとても多いと思います。 近年では高齢化により、認知症の親の介護が必要な世帯が続出しており、まだ働ける方が介護の為に早期退職に追い込まれるなど社会問題化しています。 介護をするこ[…]
成年後見人とはどういうもの?
とはいえ、今の60代以上の高齢者は、「親は子供が面倒を看るのが当たり前」の時代に未成年期を育ってきました。
だから、彼らの親は子供達の誰かが面倒を看ています。あるいは兄弟姉妹でお金を出し合って親を施設に入れていたりもします。
つまり、成年後見人制度を親のために利用する感覚が無いのです。そこで、まずは成年後見人について解説しましょう。
まずは、成年後見人制度の注意点から解説します。今後、成年後見人が必要な親のことを「ご本人」といいます。
成年後見人制度を利用するときのご本人の注意点
成年後見人等が必要になったと周囲にばれたら困る人たちがいます。
- 医師や弁護士等の資格を持っている方の場合は、資格の欠格事由となる
- 会社役員の場合も役員でいられなくなる
- 生前贈与ができなくなる
成年後見人が必要になったという事は、「正常な意思能力(判断能力)が低下した」と言うことを公言しているようなものだからです。
正常な意思能力が必要な仕事の資格や役職は、剥奪となります。
一般的に、例え平社員でもパートでも、会社の責任ある通常業務はできなくなります。
仕事を失うことで気力喪失から、一気に認知症が進んでしまうことがありますので、軽い認知症で、安易に成年後見人制度の利用を決めるのはお勧めできません。
周囲に迷惑をかけて良いわけではありませんが、周囲が思いやりを持って協力することで、高齢者の認知症の進行を遅らせ、少しでも長く活き活きと仕事をしてもらうこともできるからです。
医師の診断書が重要
しかし、一般的な日常生活、身体的な疾患、その他認知症等の精神的な部分で衣食住が自分でできなくなったら、後見人等の保護が必要といえます。そうなったらまずは医師に相談しましょう。
その大切な診断をする医師は、できるだけご本人をよく知るかかりつけ医をお勧めします。
意思能力は人によって個人差があります。「普段の意思能力よりも低下したかどうか」の判断なのですから普段のご本人をよく知り、ご本人に親身になってくれる医師がお勧めです。
そのような医師は一朝一夕では巡り会えないので、成人病予防が必要となるアラフィフ世代になったら、かかりつけ医を持つ事をお勧めします。
成年後見人になるときには覚悟が必要
また、成年後見人は本人の意思能力が回復するか死亡するまでの長期間つづく仕事となります。
だから、会社のように自己都合で退職するようにはいきません。替えの効かない責任の重い大変な仕事です。
成年後見人の仕事はこの事を理解して、覚悟を持って引き受ける必要があります。
さらに本人が必要とする支援内容によっては、弁護士・司法書士・社会福祉士等の専門家の力を借りなければならないこともあります。
資産が多い人、認知症が想い人、病気や障害を持っている人等、親族の人間関係が複雑だったり、さまざまな困難な事情が複雑に絡んでいるようなケースの場合が該当します。
成年後見人の種類
成年後見人は、「法定後見人制度」「任意後見人制度」の2種類あります。
法定後見人と任意後見人の違いを表に表してみました。
法定後見人 | 任意後見人 | |
利用する場所 | 親が認知症になってから | 親が認知症になる前 |
成年後見人を選ぶ人 | 家庭裁判所 | 本人 |
種類 | ・後見 (判断能力がない人をサポート)・補佐 (判断能力が著しく不十分な人をサポート) ・補助 | ー |
法定後見人
法定後見人は、家庭裁判所が医師の診断書によって、意思(判断)能力が低下した人に裁判所が選任します。
裁判所は、ご本人のおかれている状況を鑑みて、後見人を専任したいと申立てた人の候補者を参考にして、しっかりと調査して、ご本人に相応しいと思われる後見人を選任します。
意思能力とは、法的な効果を生じる行為の判断のことを言います。
法律行為に関係ない、衣食住に関する好き嫌いや趣味趣向等の簡単な想いについては対象外です。
法定後見人の種類
法定後見人には、3種類あります。
後見人、保佐人、補助人には、被後見人(後見人がサポートする人)の症状に応じてどの程度の後見人が適当かを裁判所が判断します。
一般的には、配偶者や子、その他4親等以内の親族が多いのですが、ご本人の事情によっては、司法書士・弁護士・社会福祉士等の第三者が成年後見人になった例もあります。
裁判所は、選任申立人の候補の中から、本人との人間関係や利益関係、その他経歴・犯歴・年齢や人格等を十分に吟味して選任します。
高齢の場合は、選ばれないことの方が多いのですが、事情によっては複数人を選任することでカバーすることもあります。
候補者に適当な人材がいない場合、必要とあらば、裁判所が第三者の候補を立てて選任することもあります。
サポートとは、本人に利益となることだけです。法定後見人が自由に好き勝手にできるわけではありません。
後見人・保佐人・補助人は、サポートの範囲が異なるのですが、その判断の根拠は、ご本人の意思能力のレベルによって決まります。
その後本人の意思能力の診断については、医師の診断書・鑑定書です。
では、後見人と保佐人・補助人のサポート範囲を解説しましょう。
後見人とは
重症の認知症になって、「本人の意思能力が無い」と医師が診断した場合、配偶者や子供をはじめ4親等以内の親族、検察官や市区町村等が死の診断書を添えて申し立てを行って、財産の管理を行います。財産管理を行い、財産の処分や、本人や他の親族等が行ってしまった本人にとって不利益な法的効果の取消し等を行う権限を持つ人です。
意思能力とは、法的な効果を伴う判断のことです。
そして、後継人ができると不動産売買等の法的な行為を被後見人(本人)に代って行う事ができます。
保佐人とは
保佐人は、意思能力が「著しく不十分」であると医師が診断した場合に選任することができます。
保佐人は、後見人と違って全ての代理権があるわけではありません。
保佐人は、ご本人が法的な行為を何かをする場合、同意権を持つに過ぎません。
保佐人がついたご本人は、法的な行為を自分で行いますが、それには保佐人の同意が必須です。保佐人がご本人に同行して、ご本人の法的行為を補佐することもあります。
ご本人が法的行為をする場合、法的行為には、ご本人の利益になる事、不利益になる事があります。
ですから、同意不同意の理由に関しては一般的に家庭裁判所が確認します。
保佐人がご本人の法的行為の同意をした場合は、裁判所への報告が必要となります。裁判所から送られる「保佐事務紹介書」に回答する形をとるのが一般的です。資産が多い場合は、資産報告書が別途必要です。
持病がある場合は、ご本人の症状の報告書(医師の診断書や介護関係の書類等)も別途必要となります。
不動産の売買については、その売買の必要性に関する理由も報告が必要です。
とくに住居については、その売買は本人の生活に大きく影響を及ぼすので、その理由について裁判所にその理由を届け出て事前に許可をもらう必要があります。
補助人とは
本人の意思能力が「不十分」と医師が診断した場合は、補助人をつけることができます。
補助人の候補の範囲は、後見人・保佐人と同様です。
補助人の場合は、同意見。取消権についても裁判所の許可が必要です。
補助人に関しては、本人の補助行為を行うには、イチイチ裁判所に許可を得なければなりません。
任意後見人制度
任意後見人の場合、本人が指定した人が後見人になれます。
裁判所の審査は要りません。しかし、本人の意思がしっかりしているとき(認知症になる前)に成年後見人を定め、将来成年後見人となる人と一緒に公証役場に行って、ご本人の成年後見人指定と、その指定された本人が成年後見人を引き受けたことを公正証書に記しておく必要があります。
口約束ではいざという時に効力を発しないので、公正証書にすることを忘れないようにしましょう。
そして、いざという時、それは、ご本人に後見人が必要となったときなのです。
そのいざというときに、公正証書を裁判所に提出して、裁判書の決定を得る必要があります。
不動産売買をする場合の成年後見人選任までの流れ
認知症になってしまった親の不動産の売買をしたい場合は、不動産売買の前に、まずは成年後見人の選任が必要です。
かかりつけ医を持とう
本人の意思能力についての判断は医師の診断書にかかっています。
「まだらぼけ」の場合もありますので、本当に本人のことを多角的に観察して十分に意思能力を判断してくれる医師の存在も重要になってきます。
そのために、親が高齢の場合は、かかりつけ医がいるかどうかを確認し、かかりつけ医がいない場合は、できるだけ早い時期にかかりつけ医を持つようにしましょう。
高齢化社会になった今、持病を持たない人は少ないので、多くの場合かかりつけ医は重要です。
かかりつけ医が必要な理由
高齢者の核家族化が進行している現在、本人の普段の生活習慣や趣味・趣向、性格、普段から楽しいと思うこと、将来的な想い等は、親族よりもかかりつけ医や老人会のお友達、ヘルパーさん、介護士さんの方が詳しいことも多いのです。
本人の利益とは財産的なことばかりではなく、想いについても不動産売買には重要です。「認知症だからわからない」とは限りません。
ふとしたことで意識がはっきりすることもあります。無意識に感じることもあります。
認知症には、周囲の思いやりやご本人の満足度が病気の進行を決めてしまうので、ご本人の幸せのためには、ご本人をよく知っているかかりつけ医の診断によって成年後見人を選択するかどうかの判断を下すことが重要なのです。
成年後見人決定までの流れ
本人の住所管轄の家庭裁判所に後見開始の申立てをする
↓
家庭裁判所の調査(候補者の本人との人間関係や経歴・人格等の調査。)
※本人の意思能力(判断応力)を精神鑑定によって行うことが必要な場合あり
(鑑定料5~10万円)
↓
調査結果によって、裁判所が審判を行う
↓
審判の結果通知
成年後見人には、欠格事由があります。その欠格事由を認識しておく必要があります。
・未成年者
・家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人又は補助人
・破産者
・被後見人に対して訴訟をし、又はした者並びにその配偶者及び直系血族
・行方の知れない者
↓
成年後見人選任
↓
家庭裁判所の許可
法定後見人にかかる費用
一般的なケースの費用
成年後見人にかかる手続き費用は、どのくらいかかるのでしょう。
法定後見人は、本人の代わりに法律行為を行ったり、同意したりする人ですから、身元がしっかりした人である証明が必要です。
家庭裁判所の印紙代(800円)・結果を知らせる返信用切手代(3,000円~5,000円)・戸籍謄本代、登録手数料等の費用がだいたい1万円くらいかかります(下記表参照)。
・申立手数料… 収入印紙800円
(補佐・補助の代理権又は同意権付与の申立てをする場合には各800円を追加)
・登記手数料… 収入印紙2,600円
(任意後見は1,400円)
・送達・送付手数費用… 郵便切手3,000円~5,000円程度
・鑑定費用… 鑑定を実施する場合には5万円~10万円程度
(一般的な金額であり、鑑定人により異なる)
※平成27年に鑑定を実施したものは全体の約9.6%
通常、かかりつけの医師の診断書ですが、かかりつけ医がいなくて普段の様子がわからない場合で、認知症の判断が難しい場合は、精神鑑定することもあります。
高齢化社会のため、多くの高齢者が何かしらの持病を持っています。
そして、現在の医療制度はかかりつけ医を持たないと大病院にかかれないシステムになっていますので、その可能性は全体の10%程度といわれています。
精神鑑定の料金は、5~10万円で、医師によって異なります。
また、裁判所の手続きは非常に煩雑なので専門家にお願いする方が簡単です。その場合は、専門家の費用も別途かかります。
例外的なケースの費用
また、法定後見人の報酬は、親族の場合は一般的に無料です。
しかし、付き合いのない親族、その他さまざまな事情で親族でも費用を請求されることもあります。そういった場合は裁判所が、成年後見人の事情を鑑みて報酬を決定します。
弁護士等の専門家の場合は、東京家庭裁判所による「成年後見人等の報酬額のめやす」によると基本報酬は月額2万円とされています。
しかし、管理財産が多い場合は事務手続きも煩雑となるので、その場合は報酬額が高くなります。
- 資産額1,000万~5,000万円の場合は3~4万円
- 資産額5,000万円以上の場合は5~6万円
その他、成年後見人等事務だけでなく、心身の監護等の特別な事情があった場合は上記金額の範囲において50%未満の範囲で付加金が追加され、報酬が増額されます。
認知症のための徘徊防止、何でも飲み込んでしまうような行動監視等、さまざまな事情で困難な、あるいはつきっきりのお世話が必要な場合等が「監護等特別な事情」に含まれます。
認知症の親の不動産売買の手続き
成年後見人の選任が行われたら、不動産の売買です。一番代理権限の多い後見人なら、何でも出きるわけではありません。
本人の利益になる事だけです。不動産売買の場合は、本人の利益になるものというと、次のようなケースです。
後見人は、定期的に本人の状態や財産状況を裁判所に報告しなければなりません。先述しましたが、とくに住居売買の場合は、本人の利益に大きく影響しますので、正当な理由が必要であり、家庭裁判所の許可も必要です。
さらに、売買代金の清算後、その使用用途、預金先等、報告が必要となります。売買契約書、清算や所有権移転登記まで、細かい報告を裁判所にしなければなりません。
成年後見人がご本人(親)の不動産を売買する場合は、裁判所への報告手続きも含め、知人の司法書士がいるときは、司法書士に相談するのもお勧めです。
不動産売買に関して親族の複雑な事情がある場合は、知人の司法書士や弁護士に相談するのが一番です。
しかし、複雑な事情もなく、士業の知人もいない時は、不動産会社が手続きを代行してくれる場合もありますので、不動産会社に相談するのもお勧めです。
まとめ
いかがでしたか?
不動産の名義人が認知症になってしまった場合でも、成年後見人制度を利用すれば、不動産の売買を行う事ができることをご理解いただけたでしょうか。
しかし、成年後見人制度は何だか難しそう・・・と感じた方は、市区町村に相談してみるのもお勧めです。
市区町村が身寄りのいない人、親族の成年後見が困難な方の後見人になってくれる「市民後見人制度」もあります。
市区町村にお住まいの独り暮らしの高齢者等のための市民貢献支援制度です。研修を行った成年後見人希望の人が住所管轄の市区町村に登録しています。
登録した市区町村の高齢者の後見人に、同じ市区町村に住む人がなるという住民相互の支援制度なのです。
このような支援制度を行っている市区町村は、後見人制度に係るさまざまな費用を援助する制度もあります。
まだまだ43都道府県全ての自治体が行っているわけではありませんが、親が認知症になったときは不動産売買には絶対に後見人制度が必要になってきますので、まずは市区町村に相談してみてはいかがでしょう。
ただし、市民後見人は、複雑なトラブルを解決するような法的な知識を持つ専門家ではないので、多額な資産(多くの不動産)を有していたり、親族間のトラブルがある場合は、専門家に相談することをお勧めします。
まずは、お住まいの市区町村の福祉課に相談して、市民後見人制度が実施されているかどうか、前もって調べておくのもお勧めですよ。