家族が認知症になる前に知っておきたい「家族信託」

厚生労働省によると、5年後の2025年には日本の65歳以上の高齢者は3657万人、人口の30.3%に達し、その高齢者のうちの5人に1人、およそ700万人が認知症になると推計されています。

超高齢化社会を生きる私たちにとって家族が認知症になることは、事前に考えておくべきリスクのひとつと言って良いでしょう。

家族が認知症になると、その生活を支えるための「人の手」と「お金」が必要になります。介護生活を補助するための制度として介護保険がありますが、それだけでは十分とは言えません。

介護生活を支える「人の手」も「お金」も用意するのは簡単ではありませんが、ここで指摘しておきたいのは「お金」のことです。

例えば、父親が認知症になったので、そのための費用として父親の貯金を使いたいとしても、それは難しいかもしれません。認知症と診断されたら銀行口座は凍結されてしまうからです。

認知症の父親を施設に入れるための費用として、父親の持つ土地と家を処分したいとしても、それも難しいでしょう。認知症の父親には法的手続きができないからです。

そのようなリスクを避けるための制度として「成年後見制度」があります。さらに2007年に施行された法律によって、「家族信託」という制度も使えるようになりました。

いずれの制度も家族が認知症になる前にぜひ知っておくべきものです。超高齢化社会を生きる私たちのリスクヘッジのために参考にしていただければと思います。

成年後見制度を知ろう

成年後見制度とは

認知症になった人は、自分の財産を管理したり法的な契約をしたりするための判断能力が低下しています。悪徳業者にそこを付け込まれ、自分に不利益な契約を結んでしまうということもあります。

認知症などによって判断能力の低下した人を守るために、本人の代わりに財産の管理や法的手続きをする人を立てるための制度が「成年後見制度」です。

法定後見と任意後見

成年後見制度には「法定後見」と「任意後見」という2つの方法があります。

法定後見

法定後見とは、「最近、父親がおかしい。認知症かもしれない」と考えて、診察を受けたら認知症だった、今後の生活のために後見人をつけなければという場合、家庭裁判所に後見人をつける申し立てをします。家庭裁判所がその人の症状や資産、家族の状況などを検討して選んだ人によって後見が始まる制度です。

法定後見には、本人の認知状態の度合いによって、後見・保佐・補助の3つの方法があります。後見では財産に関わるすべての法的な手続きを代理でき、被後見人が行った日々の買い物など日常生活に関する行為以外について取り消すことができます。代理できる範囲は保佐、補助の順に狭まります。

任意後見

任意後見とは、本人にはまだ判断能力があるが、将来の備えとして後見人を選んでおきたいというときに利用できる制度です。

あらかじめ本人が後見人になる人を選んで、判断能力が低下したらその人に財産管理などを任せるという「任意後見契約」を結んでおきます。

そして、本人の認知能力に衰えが見えてきたら、家庭裁判所に後見開始の申し立てをします。家裁が本人の認知状態や資産、家族などの状況を調べて任意後見が開始されます。

成年後見制度は家庭裁判所が大きく関わる

成年後見制度では家庭裁判所が大きく関与します。

法定後見では家庭裁判所が後見人を選びますし、任意後見では本人があらかじめ選んでいた人であっても裁判所が認めないと後見を開始することができません。

場合によっては他の人が選ばれることもあります。

後見が開始された後も、家庭裁判所は後見人による後見内容が適正かどうかを監督するため、後見人から少なくとも年に1回、後見内容の報告を受けます。

また家庭裁判所が必要と認めるときは、後見人を監督する「後見監督人」をつけて監督させることもできます。

任意後見ではそもそも家庭裁判所が「後見監督人」を選ぶことで、後見が開始されます。後見監督人が後見人を監督し、家裁は後見監督人からの監督状況の報告を受けることで、後見の内容が適正かチェックする形になります。

成年後見人がすること

成年後見人は選定されると、本人の財産や収入を把握し、財産については財産目録を作り、家庭裁判所に提出します。医療費や税金の支払いなどの決まった支出を見積もって、療養と介護の計画を立てます。

その上で、必要ならば本人の代わりに介護のサービスや施設入居などの契約を結びます。また本人の日々の生活のための財産管理を行い、必要があれば財産の処分を行うことができます。収入や支出については金銭出納帳で管理します。

財産目録や金銭出納帳は、家裁の要求に応じて適宜、提出し、その内容についてチェックを受けます。

成年後見制度のデメリット

申立費用

成年後見制度は利用開始のために、家庭裁判所への申し立ての費用(申し立て手数料800円、登記手数料2600円)が掛かるほか、必要ならば医師の鑑定料(5~10万円)が、申し立てを弁護士などに頼んだ場合はその費用(10~30万円程度)が掛かります。

コストとして無視できないのが後見人に支払う毎月の報酬です。後見人が家族や親族の場合は、報酬支払いの申し立てがなければ報酬は掛かりませんが、弁護士などの専門職が後見人になった場合は必ず掛かります。

月額報酬支払

報酬の額は月に2~6万円で財産の多寡によって変わります。さらに後見のための困難な事情があれば、付加報酬(基本報酬の50%以下)が掛かりますし、資産が多い場合には後見監督人がつけられることが多く、後見監督人にも報酬を支払う必要が出てきます。

財産処分の制約

後見人を付けることで、認知症になった本人の貯金の引き出しなどが可能になるとはいえ、後見人に認められている財産管理は「被後見人のためになるもの」だけという縛りがあります。

そのため財産管理の自由度はかなり狭くなり、本人の生活や介護のための費用以外の財産処分はほぼできなくなります。

投資行為や相続対策としての財産処分はできません。例えば孫の大学進学費用を出すという生前贈与もできなくなります。

施設の入居費に充てるために家などの不動産を売りたいという場合も、それが被後見人のためになるかどうか、家庭裁判所から許可を得る必要があります。

途中でやめられない

例えば、施設入居のための不動産売却を後見人に手続きしてもらい、本人は施設に入ったのでもう後見人はいらないと家族が思ったとしても、後見制度を止めることはできません。

後見制度は被後見人が認知症になったため開始されたものであり、その理由がなくならない限り止めることはできないからです。

認知症は回復することがほとんどないため、いったん開始された後見は被後見人が亡くなるまで続くと考えた方が良いでしょう。

家族以外の第三者が後見人になった場合、本人の財産はすべて後見人に握られて家族は使うことができない一方、後見人が毎月、報酬を取っていくことに対し、家族からの不満の声もよく聞かれます。

不正の問題も

成年後見制度を利用している高齢者は徐々に増え、2017年の厚生労働省のまとめではおよそ21万人が利用しています。

近年、成年後見制度を悪用した資産の着服などの問題が起きています。

厚労省に報告された不正の件数は、2013~18年の6年間で3060件に上り、被害総額は183億円に上っています。

不正の大半は家族や親族によるものですが、不正件数のうち132件は弁護士などの専門職によるものであり、その被害額も9億5000万円となっています。

成年後見制度は超高齢化社会に対応するために、2000年に介護保険制度とともに導入されました。家族が認知症を発症してからの対応としては成年後見制度が必要です。

しかし成年後見制度では先ほどあげたデメリットのような使い勝手の悪さも指摘されています。

そこで国は成年後見制度に並ぶメニューとして、2007年に「家族信託」という制度を導入しています。続いて、家族信託について説明していきます。

家族信託を知ろう

家族信託は財産管理の方法

財産管理を託す「信託」というと、信託銀行や投資信託を思い浮かべると思いますが、信託銀行などの企業に財産管理を託すことは「商事信託」といいます。

こちらは営利が目的ですから、委託を受ける受託側は信託免許が必要ですし、信託にはある程度の手数料が掛かります。

これに対し、信託をビジネスとして行わない「民事信託」という方法があります。このうち、財産管理を任される受託者に家族や親族がなるものが「家族信託」です。

民事信託の受託者は家族以外がなることもできますが、基本は無報酬なので家族や親族がなることがほとんどです。

家族信託は認知症対策として利用されることが多いですが、認知症は関係なくとも、家族のための相続対策や事業・不動産の承継のために使うこともできます。

家族信託は家族の目的に応じて、財産を柔軟に活用することができる制度と言えるでしょう。

認知症になる前に

家族信託は契約行為ですから、本人の判断能力が衰えてきた状態では結ぶことができません。そこは自分で後見人を選んでおく成年後見制度の任意後見と似ています。

ただ任意後見では後見の開始が認知症発症後になるのに対し、家族信託では契約を結んだらすぐに家族信託を開始することができます。

家族信託はいわば、個人で管理していた財産を家族で管理する仕組みとも言えます。

家族信託で決めること

家族信託では、財産を託す「委託者」、財産管理をする「受託者」、財産管理によって利益を受け取る「受益者」が指定され、どんな財産をどのように管理運用するかという「信託内容と目的」を決めて、信託契約書にまとめます。

例えば、父親(委託者)の持っていた貯金や不動産の管理運用を長男(受託者)に任せ、その目的を父親の生活費や不動産の管理とするというような形です。

委託した本人が受益者になることも、また受益者が複数になることも可能です。

委託者が持っていた財産は受託者名義となりますが、あくまでも信託財産であり、受託者がもらったわけではありません。

家族信託のお金も、受託者個人のお金と区別するために、家族信託のお金を管理するための銀行口座が作られます。

契約がまとまり、家族信託が開始されると、受託者は取り決めた運用方針に従って財産管理を行います。

家族信託は自由度が高い

成年後見制度では、後見人の財産管理は「被後見人のため」が原則で、その自由度が低いというデメリットがありました。

それに対し、家族信託は信託内容や目的を自由に決められるため、財産管理の自由度が高いのが特徴です。

信託内容に入れておけば、相続や節税のために不動産を処分したり、贈与を行ったりということも可能になります。

また受益者を複数指定できますので、委託者であり受益者であった父親が亡くなっても、もうひとりの受益者として母親を指定しておけば、家族信託は継続します。

成年後見制度との大きな違いは、家庭裁判所のような外部からの関与がないことです。家族の財産管理の手法としては非常に使い勝手が良いと言えるでしょう。

家族信託でできないこと

家族信託のデメリットとしては、後見人には可能な「身上監護」が受託者にはできないことが挙げられます。

身上監護とは生活や療養、介護などのために、住宅、病院や施設への入居やリハビリなどの手続きを行うことです。

身上監護の手続きが「家族」という立場で可能なら問題がありませんが、それができないケースもあります。

そのときは成年後見制度を併用して後見人を立てる必要が出てきます。

また成年後見制度の後見人には、被後見人の行った契約を取り消す権限が与えられていますが、家族信託の受託者にその権限はありません。

ただ委託者の財産はすでに受託者に移っていますので、もし振り込め詐欺にあったとしても被害を抑えることはできるでしょう。

家族信託の受託者という立場でできるのは、財産管理に限られているということが家族信託の重要なポイントになります。

家族信託でかかる費用

家族信託は基本無報酬ですから、成年後見制度で毎月かかる後見人への報酬というランニングコストは掛かりません。

家族信託の大きなメリットといえるでしょう。

家族信託を始めるための費用としては、十分に法的効果を持った信託契約書を自分で作ることができれば、不動産の名義変更などの費用(登録免許税)くらいしか掛かりません。

それでもやはり、十分な信託契約書を作るには弁護士などの専門家に任せた方が無難です。家族信託を始めるには初期費用が掛かると考えた方が良いでしょう。

家族信託が終わるには

家族信託は契約ですので、当事者同士の合意によって終えることができますが、多くはその目的を果たした後に終わることになります。

例えば、父親の生活費の管理が目的の家族信託の場合、父親が亡くなればその目的は終了したことになります。

まとめ

家族が認知症になる前に知っておきたい知識として、成年後見制度と家族信託について説明しました。

家族が認知症になってしまったら成年後見制度を利用することになりますが、家族のための財産管理という意味では、家族が認知症という段階に至る前に家族と話し合って、家族信託という方法を検討されることをお薦め致します。

超高齢化社会を生きる私たちにとっては、いずれの知識も「転ばぬ先の杖」として重要でしょう。参考にしていただければと思います。

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