借地権契約を解約するときは、更地にして戻さないといけないと思っている方が多いのではないでしょうか。
そんなふうに思い込んでしまっている方は、地主から借地の返還を求められて、建物の解体・撤去処分にかかる費用(200~500万円程)の出費に途方に暮れているかもしれません。
しかし、借地契約終了時に自己所有の登記の建物を、地主に買い取ってもらう方法もあるんです。
この記事では、地主に自己所有の建物を買い取ってもらう「建物買取請求権」について詳しく解説していきます。
建物買取請求権とは
「借地は更地にして返却しないといけない」というが常識です。
それは民法598条でそう定められているからです。
民法第598条(借主による収去) |
借主は、借用物を原状に復して、これに附属させた物を収去することができる。 |
この法律のせいで、「借地の返還は更地で」という常識ができあがったのです。そもそもこの法律ができた頃は、人間関係で地主と借地人が契約をしていて、家と家の結婚という時代でしたので、子供は結婚したら親と同居し、何世代も住むのが当たり前の時代でした。
こんな時代では、借地契約が終了する頃は、家も朽ち果てて取り壊すのがお互いの利益となっていたのです。しかし、時は令和。家と家の結婚なんて考え方は消え失せ、各家族世帯が一般的となりました。そんな時代に家が朽ち果てるまで住み続ける慣習はありません。
そこで借地借家法の登場です。借地借家法は特別法という一般法に当たる民法よりも優先される法律なのです。
ですから、例え民法で「借地は更地で返すこと(民法598条)」となっていても、借地借家法の買取請求権の方が優先され、借地人が建物買取を地主に請求した場合、地主は建物を買い取らなければならないのです。
この建物買取請求権というのは、行使する(請求を意思表示する)だけで成立する非常に強い権利です。この一方的な意思表示で法律効果を発することのできる強い権利を「形成権(法律効果を形成する権利)」といいます。
借地借家法13条(建物買取請求権) | |
1 | 借地権の存続期間が満了した場合において、契約の更新がないときは、借地権者は、借地権設定者に対し、建物その他借地権者が権原により土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求することができる。 |
2 | 前項の場合において、建物が借地権の存続期間が満了する前に借地権設定者の承諾を得ないで残存期間を超えて存続すべきものとして新たに築造されたものであるときは、裁判所は、借地権設定者の請求により、代金の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。 |
3 | 前二項の規定は、借地権の存続期間が満了した場合における転借地権者と借地権設定者との間について準用する。 |
上記の表は借地借家法13条「建物買取請求権(形成権)」です。1項から3項までありますので、具体的に解説します。
1項:借地権者(借地人)が建物買取請求権は形成権である
借地契約が終了したとき、借地人が借地に建っている建物を地主(借地権設定者)に買い取ってもらう請求をする事ができるという意味です。
この場合の借地人の請求は先述した形成権ですので、地主は請求に応じて買い取らなければなりません。
借地人は、一般的に借地に自己所有の建物を建てていますが、工場やビル、マンション等の強固な建造物は60年。それ以外の建物は30年というのが一般的です。
これは建物の寿命を考えて、「建物の寿命が尽きて取り壊しても惜しくなくなったら取り壊して更地に戻して土地を返してね」というような契約です。しかし、多くの場合、安全に住むために修繕・リフォームをしてしまいますので、初回更新時期には更新されるのが一般的です。
しかし、世の中は核家族世帯が一般化し、親世代は高齢化社会です。そのため、様々な事情からリフォームしてまだまだ住める家が空き家になってしまうような、借地契約を更新できなくなるケースが増えてきました。
そんな、まだまだ住める家を倒壊して更地に戻すのは借地人の経済的な不利益になるばかりでなく、不動産の社会経済的な損失にもなります。
また、借地人の事情ではなく、相続等で地主が代ったときに、地主の一方的な都合で借地契約の更新をしないというケースも増加し始めました。そのような場合でも、建物買取請求権があれば、地主の一方的な契約解除や更新拒否を防ぐことになります。
2項:地主が支払い方に期限を設けてもらえる買取請求権もある
どうしても借地人よりも地主の権限が強くなりがちですから、借地人の権利を擁護するためにできたのが建物買取請求権ですが、それを悪用する借地人もいます。
無条件に買取請求権の行使を認めていたら、地主の方が弱者になってしまうこともあります。
借地権の契約の更新をしないことにしている借地人が、借地が高騰することを知って、慌てて地主の承諾なくしてリフォームやリノベーションをしてから、借地契約終了を申し出て、建物の買取を要求するようなケースが該当します。
これは借地人の地主に対する嫌がらせともいえます。しかし、建物を買い取ることで土地が高騰したときに、土地付のリノベーション済の建物として、売ることも貸すこともできるのですから、地主にも利益になります。
そもそも勝手なリフォームは契約違反ですし、そうでなくても借地人の一方的な都合による契約更新をしない場合も、地主の予期せぬ出来事には変わりないので、借地人の建物買取り請求を地主は拒絶できないものの、支払い方の話し合いを要求することができます。
2項は、地主の権限が不当に侵害されないよう地主の権限を守る法律なのです。
3項:契約違反の借地転借された建物の所有者だって建物買取請求権の行使可能
借地の転借は地主の承諾なく勝手にするのは違法ですが、地主が承諾していた場合は違法ではありません。
借地人Aが自己所有の家を第三者Bに売却して、Aは地主Xの承諾を得て借地をBに転借していた場合のための法律です。
この場合、建物の所有者となった土地の転借者Bも、借地人の建物買取請求権の権利をXに行使できるという法律です。
ちなみに、違法に転借された建物の所有者についても建物買取請求権の行使ができます。これは善意の第三者の考え方ですが、これについては後の別項(「まとめ」の前)で解説します。
買取請求権が拒否される事例もある
法律は、法律を守っている真面目な人の味方です。
だから、借地借家法に則って地主に迷惑をかけたり、違法行為をしている借地人には適用されません。
借地契約に反する行為をしている場合
例えば、借地人なのに地代を滞納したり、踏み倒したりしている場合は、地代不払いなのですから、地主から契約の更新をしてもらえなくても、建物買取請求権は行使できません。
そもそも、借地人の建物買取り請求権は、地主が一方的に借地契約を更新しないような借地人が理不尽に経済的な不利益を受けないための法律ですから、契約を守っていない人は対象外というわけです。
その他、地主に承諾なく勝手に土地と一緒に自己所有の建物を賃貸していたり(地主の土地なので転借となる)、契約に違反する土地の使い方をしたり、無断で勝手な増改築をする等々、契約に違反している場合も対象外です。
合意解約の場合
借地権契約の更新時に借地人と地主で話し合って「借地権契約を(更新せずに)終了する」と決めた場合はどうなるのでしょうか。
法律は慣習からできている
昔は、地主との人間関係で借地契約をしておりました。
口約束で契約して地代を地主に払っていた時代は、地主が代ったときの一方的な解約がまかり通っていました。それを抑制するために借地人の建物買取請求権ができたのです。
ですから、合意の上の借地契約の終了については、良好な人間関係の上で、お互いのことを考えて話し合っているので、建物のことも当然どうするかを話し合って決めているはずです。
そのため、建物買取請求権が行使できない、というよりも、そんな権限を行使する必要はないのが一般的です。
法改正があっても裁判官は学説よりも過去の判例を参考にする
旧法の裁判なのですが、最判昭和29年6月11日判タ41号31の最高裁の判例によると、「建物買取に関する合意が存在する場合は、買取請求権の放棄・建物収去が当然」という判決が出ました。
借地権は、平成19年に改正前の借地借家法旧法時代に契約あるいは更新されていますが、今頃更新を迎えるような借地契約は、旧法の時代に契約書を作成していますので、買取請求権を想定した契約はないでしょう。
そのような場合、うっかり契約終了に合意してしまったら、この判例によって、建物買取請求権は認められませんので、注意しましょう。
しかし、学説によると調停や裁判によって、「[建物を倒壊することまで話し合った合意解約(合意解約)]と、[期間満了のみの合意(期間満了)]を区別する合理的理由がない」と認められた場合に限り、「建物買取請求を認めるべき」と主張されています。
これは、あくまで学説ですので、トラブルになったときに、借地人の弁護士が「当然建物を買い取ってもらえると考えて更新しないことに合意しただけ」と学説を主張して、建物買取請求権を地主に申立てたとしても、裁判官がどういう判決をするかどうかは不明です。
多くの裁判官が、その学説を採用するようになるまで、その学説は、裁判官にとっては単なる学者の意見にすぎず、一般的に裁判官は過去の判例を参考にすることが多いからです。
借地契約の終了を合意する際は、建物をどうするのかをしっかり考えて返事をすることをお勧めします。
契約書に「【特約】建物買取請求権を禁止」とある場合
法律に違反する特約は無効
借地借家法16条(強行法規) |
第16条 第10条、第13条及び第14条の規定に反する特約で借地権者又は転借地権者に不利なものは、無効とする。 |
借地借家法で禁止される項目(一般的に借地人や転借人に不利なこと)を特約として契約書に明記してあっても、その項目は無効であり、法定期効力を持ちません。無視しても良い項目となります。
これを強行法規といいます。
不動産の場合は自由契約の特例が適用される
自由契約の場合、契約者同士が納得して合意していれば法律で無効となっていても有効となるケースがあります。
しかし、不動産の場合は当てはまりません。
圧倒的に権力に格差がある地主と借地人の関係で、契約書に署名したからといって自由契約だとしていては、借地人の権利を擁護した借地借家法の意味がなくなります。
法律に疎くて、そのような違反項目の特約付の契約書に署名捺印していても、「契約書にあるから」と地主が一方的に「借地の契約更新を終了して更地で土地を返して欲しい」と言ったとしても、建物を買い取ってくれるまで契約終了を拒むことができ、借地人は自分の家に住み続けられます。
建物買取の相場は建物の時価にて計算
建物買取請求の相場は、判例によると「時価」です。
最高裁判例で一般化した「時価」
最高裁判例( 昭和35年12月20日:昭和34(オ)730)全文参考(PDF) |
借地法第一〇条の買取請求の目的となった建物の時価は、建物を取りこわした場合の動産としての価格でなく、建物が現存するままの状態における価格であって、敷地の借地権の価格は加算すべきでないが、その建物の存在する場所的環境は参酌して算定すべきものである。(引用元:最高裁判例集|裁判所) |
時価とは、更地の時価ではなく、建物の存在する環境を考慮に入れて、建物と土地をあわせた価値から算出したものです。
この時価には、建物買取請求権ですから建物の価値だけで土地の価値は考慮に入りません。
一般的に、裁判で不動産の時価を算出する場合は、不動産鑑定士等が評価した価格を使用します。
時価の計算方法
不動産鑑定士が算出した価格は、建物の建設費から「減耗分(げんもうぶん)」という経過年齢によって差し引いた金額に周囲の環境による場所的な利益を加えた価格です。
車の査定の時に新車価格と新古車、中古車と古くなればなるほど買取価格が低くなります。家も同じです。数年であっという間に価格が下がります。
車と違って建物の場合は、同じ時期に同程度の建設費で建った中古物件でも、場所的な利益(交通の便や住環境等)によって、家の時価には差が出ます。
第三者の建物買取請求権は認められる理由
転借者の建物買取請求権が認められる理由も法律で定められている
借地借家法13条3項で、地主の承諾のない転借は禁止されている、転借された土地の上に家を建てた第三者の建物買取請求権は法で認められています。
この転借された人の建物買取請求権について借地借家法14条でさらに詳しく定められています。
借地借家法14条(第三者の建物買取請求権) |
第三者が賃借権の目的である土地の上の建物その他借地権者が権原によって土地に附属させた物を取得した場合において、借地権設定者が賃借権の譲渡又は転貸を承諾しないときは、その第三者は、借地権設定者に対し、建物その他借地権者が権原によって土地に附属させた物を時価で買い取るべきことを請求することができる |
善意の第三者の権利も法は守るという民法の考え方
先述しましたが、地主の知らない借地権の転借は法律違反ですが、何も知らずに土地を借りて家を建てた善意の第三者に罪はありません。善意の第三者とは、契約関係にある当事者たちの事情を全く知らずに契約した者のことを言います。
その善意の第三者の建物買取請求権を守るのは、善意の第三者の権利を守るのが法の原則だからです。
借地借家法にも、善意の第三者である借地権を転借された者を守る法律があります。
善意の第三者の権利を守るために借地借家法10条があるのです。
10条内における「第三者」とは、善意の第三者から見たら、借地人が地主(借地権設定者)です。そのため、転借者から見ると本当の地主は借地契約に無関係な「第三者」となるのです。
借地借家法10条(借地権の対抗力等) 解説上必要ないので2項省略 | |
1 | 借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。 |
3 | 民法(明治29年法律第89号)第566条第1項 及び第3項 の規定(目的物の種類又は数量に関する担保責任の期間の制限)は、前2項の規定により第三者に対抗することができる借地権の目的である土地が売買の目的物である場合に準用する。 |
4 | 民法第533条(同時履行の抗弁) の規定は、前項の場合に準用する。 |
借地借家法10条は、登記した自己所有の建物を所有している者は、例え借地を転借している者だったとしても、例外的に地主の土地の返却要求に対して同時履行の抗弁・第三者(地主)への対抗要件として、建物買取請求権を行使できるのです。
これが借地借家法10条にある民法533条(同時履行の抗弁)です。
ただし、転借人が真の地主を知っていて、善意の第三者のふりをしている転借人は、真の地主に転借しているような場合は、善意の第三者ではないので、建物の買取請求権を真の地主に行使することはできません。
まとめ
いかがでしたか。
昔からある土地の慣習や常識は、現在の法律とは違っていることが多いのです。
とくに不動産に関しては、昔からの慣習で契約してその間違った常識のまま経済的に損をしてしまっていることも多いのです。
法律を知るということは、理不尽な目に遭わないための武器にもなりますので、現在借地に自己所有の建物を持っている人、契約を終了したいけど建物をどうしようかと迷っている人は、建物買取請求権の行使を検討してみてはいかがでしょう。
ただし、地主との交渉の際に、有利に交渉を進めるためにも、司法書士や不動産鑑定士等の専門家に相談してみることをお勧めします。